2014.05.29 00:17|豊かな暮らしを考える
ちょっと古い日本の新聞を読んでいたら、こんな記事を見つけました。

今日本では仕事が忙しいために家事をこなせない家が増えており、そんな人向けの家事代行サービスの需要が増えている、という内容のものです。

家の広さや家事の内容によって料金が変わってくるそうで、最近では一人暮らしの若い人からの依頼も増え、低価格で手軽に利用できるサービスだとか。
家の掃除や洗濯だけでなく、ゴミ捨て、布団干し、宅配便の受け渡しもしてくれ、更には夕飯の準備まで代行する会社もあり、冷蔵庫を開ければその夜に食べられる食事が作り置きされているほか、買い物もしてくれる、冷凍庫に保存もしてくれるのだそうです。
利用者の声として「家事を頼むことで、土日の休みを自分の好きな趣味に費やせるようになった」、「サービスを頼んだおかげで、仕事との両立が楽になった。筑前煮などの家庭料理や栗ご飯など季節の料理を作ってもらえるので、家族みんなが楽しみにしている」とのコメントが挙げられています。
国も日本再興戦略に女性の活躍を推進するための生活支援サービスの充実を挙げており、「サービス利用で生じた余暇時間を、家族や自分のために賢く使う人が今後増えていくだろう」ということでした。

これを読んで、皆さんはどう思われるのでしょうか?

私にとっては、ショッキングな記事でした。
本来、家事というのはその家に暮らす人がやるものです。家というのはそういうものですし、掃除が得意な人、不得意な人がいるとしても、そんなこともすべてひっくるめてその人なりの「暮らし」が紡がれていくのではないでしょうか。
家庭における家事の存在は大切です。家事はこなさなくてはならない単なる事務的な作業ではなく、同じ屋根の下に暮らす人々をつなぐ役割も持っています。お互いの些細なことに気づくきっかけとなったり、思いやりを表現する場になったり、はたまた子どもたちに何か手ほどきをしてやる機会にもなります。
とりわけ家族で囲む食卓の大切さは、言うまでもありません。料理を作るところから食事の時間、あと片付けまで、家族の会話やつながりが生まれる、暮らしの中心ともいえる時間ではないでしょうか。

「家事ができないぐらい忙しい人もいるんだから、仕方がないじゃない?そういうサービスがあるんなら、選択するのは個人の自由じゃない?」と言ってしまえば、その通りにも思えます。と同時に、そんなことを言ったら何でもいいことになってしまうような気もします。

私たちは、便利さや快適さを求めて、お金を払って誰かに代行してもらうことに慣れきっているようです。
歩いていくのは大変だから、お金を払ってバスに乗る。お弁当を作る時間がないから、お弁当屋さんが作ったものを買う。ケーキを作るのは面倒だから、出来合いのものを求める。
家事の代行というのはさすがに驚きましたが、それだけ時間のない生活、余暇のない生活を送っている人が多いのでしょうね。
自分たちの野菜を育て、自家製のものに囲まれたアイルランドの田舎の暮らしの中で、これはよく考えさせられるテーマです。
昔は、人間は自分の食べるものは自分の手で育てていたのでしょう。それが社会の変化でだんだんできなくなってきて、その結果誰かに野菜を作ってもらい、パンを焼いてもらい、消費者という立場からお金を払ってこれらを手に入れるという風に変わってきたのが、今の私たちではないでしょうか。

2006garden3.jpg

自分たちの手で食べ物を作る作業は、決して楽ではありません。おまけに効率も悪いです。都会に暮らす人々はもちろん、ほとんどの人々にとって「食べ物は買うもの」という概念は定着しています。
仕事があり、ローンを抱え、養う家族のある人々に、「自給自足の生活をしましょう」なんて、甚だ非現実的な提案です。

それでも、せめて「暮らし」の中心にあるべきものを、私たちは守っていかなければならないように思うのです。

私が読んだ新聞記事からは、このような家事代行サービスの需要が増えていること、利用者も国も歓迎しているらしいことしか伝わってきません。記事としては、ひょっとするとそれで十分なのかもしれません。
ここには「いや、そんなサービスが存在すること自体おかしい」、「多忙でも、家族で作った料理を食卓で囲む時間は、どんな家庭においても必要である」といったコメントは見当たりません。

このような声は、一体誰が発すべきなのでしょうか?
この記事を掲載した新聞社は、今起きている現象をただ伝えればいいだけなのでしょうか?

また、一般世論においても「忙しいからサービスを頼む」ではなく、「家事もままならない多忙な生活を強いる仕事なんて変だ」という議論には、なりませんね。これも、なぜなのでしょう?

中学校で初めて英語を習い始めた時、「家」を指す「Home ホーム」と「House ハウス」をどう使い分けていいのか、分からずに悩んだことがありました。
今こうしてアイルランドという英語圏で暮らす中、この二つの単語の違いは歴然としています。

ハウスは、いわば「家」という空間そのものですね。「2階建ての家」とか「○○さんちの家」と言う時にはこの「ハウス」が使われます。
一方、ホームとは日本語の「家庭」の意味合いが強くなります。「Homely ホームリー」という形容詞になれば「家庭的な」という意味になりますし、「Make yourself at home」と言えば「(自分の家にいるように)くつろいでくださいね」となります。「ただいま」というあいさつは日本語独特のものですが、英語では「I'm home」=「今家に帰ったよ」という表現もあります。

ホームとは、最初からそこにあるものではありません。そこに暮らす人や家族が、一緒に作っていくものです。
そんな暮らしの営みがなくなってしまえば、家はただの箱(ハウス)になってしまいます。

皆さんは、どう思われますか?



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望月えりか

Author:望月えりか
ウェブサイト「アイルランド田舎生活」のブログ版、日々の暮らしの様子をエッセイにしてお届けしています。
2004年よりアイルランド人の夫、一姫二太郎と4人でアイルランド西部の小さな村に暮らしています。
アイルランドの自然と伝統音楽に囲まれながらオーガニックな野菜作りと食生活、農家さんの羊毛で糸紡ぎ。アイルランド伝統音楽プロジェクト「ブラックバードミュージック」運営。フィドルを弾いたりフルートを吹いたり。
新聞、雑誌等プレスへの寄稿文依頼はirishcountrylife@gmail.comまでお問い合わせください。

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