ずいぶん前に、自宅で納豆を作った話をこのブログで記事にしました。(「アイルランドで納豆を作る」の記事はこちら)
今回は豆腐編、です。
お店で手に入らない日本の食材で、どうしても食べたくなってしまうものの一つがお豆腐。
まったく手に入らないわけではなく、最大手スーパーのダンズ(Dunnes)でも売っていたし、健康食品のお店に行くと冷蔵庫に入って販売されているのも見たことがあるのですが・・・とにかくおいしくないです。
それなら自分で作れないかしら。
と思ってアイルランドに越して間もなく、市販の豆乳を使ってお豆腐作りに初挑戦しましたが、見事に失敗しました。こちらの豆乳は成分が薄過ぎ、豆腐作りには不向きだったようです。
日本に帰国してしまった友人からお豆腐作り一式を置き土産にもらったのを機に、再び挑戦しました。

パックの豆乳からはできないことが分かっていたので、ちょっと大変ですが大豆から豆乳を作るところからのスタートです。
豆乳を作れば、当然おからも生成されます。このおからがまたとんでもない量でやや辟易。卯の花を作ったりバーガーに入れて食べたりと一生懸命片付けましたが、どうしても食べきれない場合は冷凍庫に入れて一次保存し休憩します。
昔日本でお豆腐屋さんから出るおからが産業廃棄物に認定され、話題を呼んだことが思い出されます。
にがりを投入してかき混ぜ、蒸すこと10分。
柔らかで最高においしいお豆腐が完成しました。

作りたてのお豆腐ってこんなにおいしかったんだ!
お豆腐は子どもたちも大好きですが、何より夫の大好物です。「日本のトーフはアイスクリームみたいに口の中で溶けてねー・・・」と、日本のお豆腐をこよなく愛しています。
この夜は家族も大満足の夕ご飯でした。
お豆腐は日本に住んでいればコンビにでも買えるぐらいどこにでもあって、消費する私たちは何の不自由もなく食べていますが、大豆から自分で作ってみるとその過程の長いこと。
それにこんなにたくさんの大豆を煮て作ったのに、できたお豆腐はこれっぽっち?とも思いました。
昔はお祝い事などに用いられる貴重で贅沢な食べ物だった訳が、作ってみてやっと分かりました。
クリスマス前から始めた自分用のセーターがやっと編みあがりました。
編み物をしていた友人を見て刺激を受け、今年の冬の「もの作り」として始めたものでした。
子どもが生まれる前は帽子やら手袋、セーターも何着か編みましたが、今回は数年ぶりの挑戦です。テクニックを一つ一つ思い出しながらのんびり編みました。
編み物に出会ったのは確か小学校の4年生ぐらいの時、学校の編み物クラブで先生に教わった記憶があります。それ以来思い立っては何か編んでいましたが、アイルランド音楽に出会って数年後にアラン編みを知り、アラン模様の世界に魅了されました。

今回も、やっぱりアラン模様を入れずにはいられず、セーターの型は本から取って模様は自分で気に入っているものを選んで編み込んでいきました。
模様の入り組んでいる部分は生地も分厚くなり、着てみるとポカポカのセーターです。
アランセーターなんて冬になればどこででも売っているし、買ってしまえば早い話なのですが、自分で編んだセーターは世界にただ一枚の特別なものです。ものは大切に使いたいと普段から思っているので、ものへの思い入れや愛着は大事にしています。
それに、このセーターを編んでいる時間が何より幸せです。
自分の手元から何かが出来上がっていく感覚は何にも代えがたく、完全に自己満足の領域ではありますが心を豊かにしてくれる気がします。
もの作りは、だからやめられません。
ところで、日本語ではセーター(Sweater)と呼ぶけれど、アイルランドではこれがジャンパー(Jumper)となります。日本語でジャンパーというと何か違う服を想像してしまいますが、これもアイルランドに来た当時に覚えたこちら流の英語の一つでした。
それにしても時は既に5月・・・。5月にこんな厚手のセーターはねえ・・と言いたいところですが、今年のアイルランドの春はなかなか気温が上がらず、今日も最高気温は13度。困ったなあ。
近所の家に遊びに行っていたリラを迎えに行くのに、はおりました。そしてリラがパシャリと写真を撮ってくれました。

うーん、服の袖がレンズに入っちゃったかな。でもありがとう。
つい最近、長年使い続けた電気ケトルがとうとうだめになりました。
私が2004年に来た時には既に夫のキッチンに居座っており、4年前にこの家に越した際も一緒に連れてきました。
そもそも夫がロンドンに住んでいた頃にフリーマーケットで購入したのだそう。ということは、既に中古品だったわけですね。Russell Hobbsというイギリスのメーカーのこのケトル、デザインも古臭く、決して見た目麗しいものではありませんでしたが、これだけ長い間使っていれば愛着も湧くというものです。

夫との付き合いはなんと25年に及びました。
電化製品もここまで長持ちしてくれると嬉しくなります。
いつの間にか我が家の自慢のケトルとなり、ことあるごとに夫が「このケトルはね・・」とその歴史を語り始めます。モダンなケトルに比べると勝手も悪くてお湯を沸かしている間はやけにうるさいし、我が家のキッチンにも不釣合いなこと甚だしいケトルでしたが、同時に我が家のキッチンの顔でもありました。
人生を全うしたかのような最後は電気が伝わらなくなり、静かにこの世を去ったかのようです。まさに有終の美。
心から「お疲れさま」と言ってあげました。
我が家ではみんな靴を脱いで生活しています。アイルランドでは珍しいことかもしれませんが、夫も私に出会う前からそうしていたし、何よりも家の中が汚れないので素晴らしい習慣です。
我が家にやってくる客人も、気がついた人は靴を脱いでくれます。気がつかない人もいますが、この場合はアイルランドに住んでいるんだから強要はできないと思っているので私たちも何も言いません。
さて、靴を脱ぐとほとんどの人が靴下を履いています。が、ときどきこの靴下が右と左で違うのを履いている人がいるのです。最初見た時は新鮮で「どうして?」と思いましたが、誰一人として指摘する人はいません。当の本人も涼しい顔をしています。
そのうち私も靴下の底に穴が開いたりして、「そうかあ、こういう時に1足そのものを捨てないで、まだ履ける方の靴下をとっておくのね〜」と納得するようになってしまいました。
靴下だけでなく、アイルランドの田舎に暮らしていると穴の開いたセーターを着ている人、ボタンが一つ取れたところに安全ピンをつけている人、穴が開いてしまったらしき部分に手縫いの刺繍がしてあるズボンをはいた人などもよく見かけます。お気に入りの服や着心地のよい服は手直しして着まわす、というのは一種の美徳だなあと思います。
都会では難しいと思いますが、田舎に住んでいれば誰も何にも言わないし、誰もじろじろ見ません。その飾らない着こなしが自由でいいなあと感じます。田舎ならではの贅沢(?!)なのかもしれません。
学生の頃、友だちから服装やメイクに関して「それやめたほうがいいんじゃない?」とか「それはいけてないな〜」とコメントされるのが嫌で仕方がありませんでした。人がどんな服を着たって関係ないじゃないと思っていたし、いくら親しいとはいえ「失礼だな〜」と感じていました。
今ここで生活しているとそんな暗黙の規準に従う必要もなく、誰に文句をつけられるでもなく、自分らしい格好を自由に楽しめます。
自分らしく生きる、自分でいる、ということは生活の基本なのではないかな〜と思います。
3月下旬のある週末、パソコンを開けていたら親しい友人からスカイプチャットが入りました。
「明日バレンの近くにムール貝を採りに行くんだけど一緒に来る?」との嬉しいお誘い。
二日酔い気味の夫を起こして、大潮の時間に合わせて出発です。
「ここがスポットだよ」と友人に案内されて海に着きましたが、ムール貝の姿はありません。どこにあるんだろうねえ、と夫ときょろきょろ。少し早めのランチをしていると、ショーンがどこからか海藻を持って自慢げに登場。

実はショーンが下にはいているのは水着・・・。海には入らないよ、と何度も念を押したのにリラもショーンも着ると言って聞かないので仕方なく。
しばらくするともう一台車がやってきて、ムール貝狩りのエキスパート、リズさんと旦那さんのアランさんが到着です。さっそく泥だらけの浅瀬を歩いてスポットまで案内してもらい、ムール貝狩りが始まりました。

海藻で覆われた岩の表面にぎっしり貝がくっついており、素手で簡単に採ることができます。
15〜20分ほどであっという間にバケツは貝でいっぱいになりました。
ここまで「ムール貝」と呼んでいたこの貝ですが、英語ではMussel(マッスル)と言います。辞書で調べてみると、日本語ではムール貝の仲間でムラサキイガイとかイガイとか言うそうです。アイルランドでは魚屋さんでもよく見かけるお手ごろ価格の定番シーフードです。

自宅で大鍋いっぱいのムール貝にニンニク、バター、塩を加えて火にかけ、ディナーでいただきました。子どもたちも貝殻からみをはずして食べるこのディナーが大好きです。
調理後に鍋に残った水分は風味たっぷりのだしとして翌日シーフードチャウダーを作るのに使いました。こちらも美味。
リズさんによると、ムール貝は4月に入ると繁殖を始めるため採るのは3月下旬まで。この時期に収穫したムール貝は繁殖に向けて栄養をたっぷり蓄え太っています。まさに3月下旬のごちそう、というわけです。